火樹銀花
こんにちは😄ナーシングホームしあわせPLUS、看護師Tです✨暑い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか☺️
コロナ禍の影響で長らくイベントが中止となっていましたが、徐々に再開され、今年は全国的に制限がない本来の形でイベントが開催されたというニュースをよく耳にします😊
日本の夏の風物詩と言えば、やっぱり花火大会ですよね🎆北海道でも「道新・UHB花火大会」や「勝毎花火大会」など、お馴染みの花火大会が開催されました。夏の風情を感じますね🍉
そこで今回は、花火の歴史について書きたいと思います🖋️
日本の花火は、世界で一番美しいと言われています。
海外では新年を迎える時や、何らかのイベントがないと花火を打ち上げることはないそうです。
夏の夜、玄関先や公園で子ども達が花火をする光景をよく見かけます✨これほど花火を身近に感じている国は他にないでしょう🤔
花火(火薬)の起源は諸説ありますが、中国の秦の始皇帝が全土を統一した際に、北方民族・匈奴の侵入を防ぐために築いた万里の長城の要所に掲げた狼煙(のろし)として、硝石を利用したのが始まりという説が有力です。やがて中国では、火薬を武器として利用し、南宋時代に花火へ発達しました。やがてシルクロードを通りイスラム諸国を経て、12世紀後半にヨーロッパへ伝わります。
日本で初めて火薬が使われたのは、鎌倉時代中期の二度にわたる元寇(文永の役、弘安の役)で蒙古軍が使用した「てつはう」という火薬の武器であったと考えられています。
その後、16世紀に種子島に火縄銃とともに火薬の製造の技術が伝わります。このように、当初火薬はもっぱら武器として使用されていました。火薬の平和的な使用として花火が登場するのは、戦国時代とも、江戸時代とも言われています。
では、日本で最初に花火を見た人物は誰でしょうか🤔
1613年、イギリス国王ジェームスⅠ世の使者が徳川家康に花火を献上したという記録や、同年に駿府城で家康が明の商人による花火を見学したという記録などが残っています。この時の花火は、竹筒から火花が噴き出すタイプのもので、家康の家臣がこの技術を三河に持ち帰ったことで、この地域で手筒花火が盛んになったそうです。
花火が”夏の風物詩”と言われるようになったのは、以下の理由です💡
1732年、西日本一帯で長雨と冷夏により、収穫前の稲にウンカという害虫が発生し、稲作に甚大な被害を及ぼしました。『徳川実記』によると、飢饉による餓死者は全国で97万人にも及び、米価の高騰で困窮した江戸の民衆による打ちこわしなどの暴動も発生しました。
当時の人々は、このような飢饉などの災厄は悪霊の仕業と考えていました。
そこで徳川吉宗は、翌年1733年5月28日、両国(隅田川)の川開きの日に「水神祭」を開催し、大飢饉で犠牲となった人々の慰霊と悪霊退散を祈願しました。その際に花火を打ち上げたことが、現在の花火大会の由来になったと言われています。
このように花火には、灯籠流しなどと同様に鎮魂の意味があります。花火大会がお盆の時期に集中しているのはこうした歴史に由来します。
昔から花火と災害は密接な関係性があったのですね🤔
現代では、より地球規模での災害や疫病が猛威を振るっています。皆様が心穏やかに日々を過ごせるよう、歴史に思いを馳せながら、夏の夜空を彩る花火を見上げてみてはいかがでしょうか🎇
この時期、入居者様から花火の話題が多く聞かれます😄「昔、今の旦那様と一緒に見に行ったよ」「この前ドーンって花火の大きな音が聞こえていたね」「孫が遊びにきた時に一緒に花火をするのが楽しみだったのよ」と、花火に関する素敵なエピソードをたくさん聞かせていただきます😊
先日のナーシングホームしあわせPLUSのブログでは、テレビでの花火大会の鑑賞の様子をご紹介させて頂きました🎆
今回は、ひまわりの花火の前で素敵な写真を📷


ご夫婦揃って笑顔がとっても素敵です😄
それでは失礼致します✨